37年の時を超えて
2020年2月2日に37年の時を超えて大阪中之島美術館が開館した。
私はお正月に足の小指を骨折して外出を控えていたが(もちろん感染予防のためでもある)ニュースで開館の様子を見ると、夫の強い勧めもあり、2月3日に行ってみた。
会場までは空いた電車を選び、できるだけ歩かなくてもいいコースを選んだが、会場に到着するとすでに小指はズキズキ痛んできていた。美術館に入ったところにベンチがちゃんと設置されており(今後の高齢者社会を見越してのデザインなのか?)夫が車椅子を借りて、今回は車椅子での鑑賞となった。数多くの病気をしてきたので車椅子を押されることには慣れているが、美術館を車椅子で回るのは初体験である。夫の車椅子の操作はスムーズで気持ちよく鑑賞する事ができた。
そこまでして夫が連れて行きたかったのは、この美術館への私の思い入れを知っているからだろう。あまりにも思い入れが強すぎて、「行きたくない」とまで思ったほどである。
どのような思い入れがあるかというと、2008年に武蔵野美術大学芸術文化科文化支援コースに通信教育課程で入学したのが、そもそも大阪市の新しい美術館について考えるためだったからである。その当時私は大阪市役所に勤務していた。大阪市の文化行政のことを考えるために美術大学に入学したのである。2010年3月に書いた卒業論文の題は「都市における美術館の役割 大阪市立近代美術館建設構想に学ぶ」というものである。
当時は「大阪中之島美術館」は「大阪市近代美術館構想」という名前で語られていた。何度も挫折していた美術館建設構想は、やがて中之島地域をアートのまちにという構想に広がり、日本で初めてのコンセッション方式をとることで今回の美術館開館が実現した。
長い前置きになったが、そろそろ大阪中之島美術館の話をしよう。
黒いブロックのような外観である。その前に、まるで守護神のように、大きな猫が立っている。ヤノベケンジの《SHIP'S CAT (Muse)》である。銀色の猫がオレンジ色の宇宙服を着ているように見える。ヘルメット越しの大きな目が印象的である。少し怖い。怖いから守護神のように見えたのかもしれない。
美術館の中は光に溢れている。変形の吹き抜けが気持ちいい。車椅子なので余計に天井が高く感じた。案内の方も親切な人ばかりだった。
オープニング展覧会「超コレクション展99のものがたり」は、佐伯祐三から始まる。始まりが佐伯祐三というのは納得である。彼は大阪を代表する作家である。フランスの街角を描いた作品も良いが代表作の《郵便配達夫》はやはり良い。私はこの作品を見ると、ゴッホの《郵便配達人ジョゼフ・ルーラン》を思い出す。だが、佐伯祐三の《郵便配達夫》の方がユーモアがあるように思う。《郵便配達夫》と目を合わせると思わず笑ってしまう。
作品は基本的には撮影禁止だが、代表的な作品の数点は撮影OKである。《郵便配達夫》も撮影OKの作品だったので、多くの人が写真を撮っていた。
第1章の中では、まず岡田三郎助の《甲州山中湖風景》で立ち止まった。岡田三郎助は可愛い美人画を描くことで有名な画家である。私もこの人の描く美人画は大好きである。風景画は珍しい。曇天の雲の切れ目から射す太陽の光が美しく、山の稜線の描き方が優しい。
次に、動けなくなったのは池田遥邨の《雪の大阪》である。1928年2月11日に大阪には大雪が降った。その日の中之島の風景である。屏風の仕立ても面白く、胡粉の使い方が、さすがと思わせるものだった。小さく描かれた人物の表情が面白い。よく見ると大阪城の天守閣はまだ再建されておらず、天守台が建っている様子がわかる。《雪の大阪》はこの展覧会の中でも一番人気なのではないかと思う。次の展示室に行ったけれど、もう一度見たいという感じで戻ってくる人が多かった。
大阪の風景画を見た後は、写真、版画と続く。どれも見応えがある。そして、現代美術へと続いていく。吉原治郎と今井俊満を軸に見応えがある。
第2章に入ると2点目で、モディリアーニの《髪をほどいた横たわる裸婦》がお出迎えだ。海外作品として最初に購入したものだ。購入時のあれやこれやを思い出し、しみじみとなってしまった。この展覧会が3月21日に終了後すぐに4月9日から始まるモディリアーニ展も楽しみだ。
近現代の有名作家の作品をたくさん見る事ができるので、第1章と第2章の間で休憩を取ることをお勧めします。
森村泰昌《美術史の娘(劇場A)》と《美術史の娘(劇場B)》は必見だ。いつもの森村マジックとは違い、まるで舞台裏から手品を見せられているような気持ちがした。それにしても、マネの《フォリー=ベルジェールの酒場》をいつものように、“なりきろう”としたら、手がテーブルに届かなかった、というのは笑っていいのかしかめ面をしていいのかわからなかった。
バリー・フラナガン《ボウラー》はなんとも可愛いうさぎだ。《ボウラー》という名前からボウリングをしているのかと思ったが、それにしてはポーズが違う。ボウラーと言ってもウサギだからうまく投げられないのかな?と思っていたら、実はイギリスのクリケットの投手だそうである。クリケットのことはわからないので、きっとイギリスの人はわかるのかな。
第3章はデザインとポスターである。ポスターは2010年にサントリーミュージアム[天保山]が閉館した時にサントリーのポスターコレクションを預かることになった。ミュシャのポスターから亀倉雄策の東京オリンピックのポスターまでしっかり見始めるとこれだけでも一つの展覧会ができるのではないのか、と思うほどである。
実は展覧会の名前『超コレクション展99のものがたり』に騙されて(?)99作品しか展示していないと誤解していた。私が勝手に騙されていただけで、約400点の作品が展示されていた。コレクションは全部で6000点を超えているので、これからのコレクション展がとても楽しみである。
この美術館のコレクションの中で一番好きなのは、福田平八郎の《漣》だ。今回見る事ができると思っていたので、それだけが残念だ。
心斎橋にあった準備室に何度も通い、今回見たコレクションは懐かしいものが多かった。何度も見た作品は、立派な美術館の中で誇らしげだった。
「久しぶり。いいところに展示されてよかったね」と声をかけたくなった。
4階にそびえ立つヤノベケンジの《ジャイアント・トらやん》は、大阪市役所の玄関ホールに長い間立っていた。市役所で勤めていた時、仕事が辛い時、行き詰まった時にはよく会いに行った。その大きさに会うと自分の悩み事など小さなことのように感じた。
「とらやん、また会えたなあ」
私はそっと呟いた。
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